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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4551号 判決 1989年5月31日

原告

永 野 惠 章

右訴訟代理人弁護士

杉 山 繁二郎

白 井 孝 一

清 水 光 康

被告

田 中 和 雄

右訴訟代理人弁護士

長 瀬 有三郎

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、破産者萩原龍男に対し、破産債権を有しないことを確定する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原、被告は、東京地方裁判所昭和五七年(フ)第五六号破産事件(破産者萩原龍男。昭和五七年七月九日午前一0時破産宣告)の破産債権者である。

2  被告は、右破産事件において、元金一000万円、利息損害金一九八五万四一00円、合計二九八五万四一00円の債権の届出をした。右債権届出に対し、破産管財人安藤一郎は、昭和五七年九月九日の一般債権調査期日において、利息損害金のうち、六九一万三八二六円についてのみ異議を述べただけで、残額を認めた。

3  被告は、破産者との間で、遅くとも、昭和五六年三月までに前記元金一000万円及びこれに対するそれまでの利息損害金を合わせて合計一四00万円とすることを合意した。即ち、被告は、破産者が理事長をしている陽明会屋宜原病院の帳簿に、破産者個人に昭和五0年一二月二七日付で貸し付けた元金一000万円に利息損害金を合計して一四00万円と記載した。

4  被告は、右一四00万円及びこれに対する利息全額について、昭和五七年九月九日までに破産者から全額の弁済を受けたから、破産債権は前記一般債権調査期日において存在しなかった。

即ち、被告は、昭和五五年九月二五日から同五六年二月二八日まで別紙借入金田中勘定入出金一覧表のとおり、合計五六00万円を貸し付け、右一四00万円と合計した七000万円を帳簿上、陽明会屋宜原病院に対する貸付金とし、これを被告が代表取締役をやっている訴外テッキ工業株式会社名義二五00万円、被告の妻である訴外田中八重子名義二000万円、被告名義二五00万円と記載した。

そして、その後の被告からの入金及び破産者ないし陽明会屋宜原病院から被告への返済は別紙一覧表のとおりであり、明らかに被告の破産債権は全額弁済されている。

5  仮に前記一般債権調査期日には破産債権の全部又は一部が存在していたとしても、別紙一覧表記載から明らかなように、被告は、遅くとも、昭和六0年一二月三0日までに破産者又は第三者である訴外陽明会屋宜原病院から全額の弁済を受けたから、破産債権は弁済により消滅した。

6  よって、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

被告の破産債権は、破産者に対する約束手形金債権につき、昭和五0年一二月二日債務弁済契約公正証書に基づく債権であって、元金一000万円、利息損害金一二九四万0二七四円の合計二二九四万0二七四円について債権表に記載され確定したものである。

3  同3ないし5の事実は否認する。原告主張の合意の事実も、弁済の事実もない。

ただし、被告の破産者に対する貸付名義人が昭和五六年三月当時原告主張のようになっていたこと、別紙一覧表の記載のとおりの貸付及び返済があったことは、第一欄の「以前からの破産者への貸金一四00万円」及び最後の欄の「残高一000万円を被告に返済」した旨の部分を除き(この部分は否認する。)、認める。被告は、破産者に対し、別紙一覧表記載のほかに、昭和五五年一0月一0日頃七00万円、同年一二月二五日七00万円、翌五六年八月一二日二00万円、同年九月二日五00万円をそれぞれ貸し付けており、昭和五五年九月二五日から翌五六年九月二日までの間の破産者に対する貸付金合計額は、七七00万円であり、また、原告は、被告から別紙一覧表記載のほか、昭和五六年七月一六日五00万円、同年九月一日二00万円の各弁済を受けている。

なお、屋宜原病院は昭和五五年五月に破産者によって開設され、翌五六年九月までは同人によって経営されていたものであるが、右時点以降、被告ほか三名(訴外町田宗徳、同毛利汎志、同土屋光男)が共同経営に加わった個人病院であり、被告の破産者に対する貸金債権は、右五名の共同事業となった時点以降、右共同事業体に対するものに振り返られた。したがって、それ以後の新たな貸付は共同事業体に対するものであり、返済も共同事業体からのものである。いずれにしても、被告の本件破産債権について、昭和五五年九月以降に破産者ないし屋宜原病院事業体から返済を受けたことはない。

三  被告の主張

1  債権表の記載は確定判決と同一の効力を有するのであるから、請求原因3及び4において主張するような破産債権確定前の事由に基づく債権の存否を争うことは、再審の訴えとしてのみ可能であり、本訴請求は、不適法である。

2  確定後に確定破産債権全額について弁済があったことを要件とするものは請求異議の訴えによるべきところ、本訴は破産債権確定を求めるものであり、また、被告が全額の弁済を受けているのでないから、本訴請求は不適法である。

四  被告の主張に対する反論

債権表に無効な記載があるときには、右記載は破産法二四二条の文言にかかわらず、確認的な意味を有するにすぎないから、その無効を訴えをもって主張し、その旨の確定判決を得た後、これに基づいて債権表の訂正を求めることができるものと解すべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一破産事件の経過

原、被告がともに東京地方裁判所昭和五七年(フ)第五六号破産事件(破産者萩原龍男。昭和五七年七月九日午前一0時破産宣告)の破産債権者であること、被告は、右破産事件において、元金一000万円、利息損害金一九八五万四一00円、合計二九八五万四一00円の債権の届出をしたが、右債権届出に対し、破産管財人安藤一郎は、昭和五七年九月九日の一般債権調査期日において、利息損害金のうち、六九一万三八二六円についてのみ異議を述べただけで、残額を認めたことは当事者間に争いがない。

そして<証拠>によれば、昭和五七年九月九日の債権者集会・債権調査期日には、原告は出席したが、被告は出席しなかったこと、当期日においては、破産管財人によって異議が述べられた債権があったが(前記しているように、被告の利息損害金債権についても異議があった。)、当期日に出席した債権者及び破産者からは、届けられている債権についての異議の申立てはなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二破産債権の確定

債権調査期日において破産管財人又は破産債権者から異議の申立てのなかった債権の額は確定し(破産法二四0条一項)、確定債権についての債権表の記載は破産債権者全員に対し、確定判決と同一の効力を有することになる(同法二四二条)。

なお、異議ある債権については、債権者から異議者に対して債権確定の訴えを提起する必要があるが(同法二四四条一項)、この訴えの事由は債権表に記載されている事項に限定される(同法二四七条)。

三本件訴訟の適否

1  破産債権確定期日の事由に基づく破産債権確定の訴えの適否

原告の本件訴訟の事由の第一点は、破産債権調査期日当時被告の破産債権は弁済により消滅していたというのである。

しかし、破産債権についての債権確定訴訟の構造が右に述べたとおりであるから、債権調査期日に異議の申立てをしていない原告からの破産法が予定している債権確定の訴えを提起することができないことはいうまでもない。

問題は破産法所定の方法によらずに、破産債権確定訴訟を提起することができるかどうかであるが、破産手続における破産債権確定の訴えの前記したような構造、特に訴えの事由が債権調査期日において主張したものに制限されていることに鑑みれば、このような特例を認めるのは相当でない。今日のように、複雑化した社会においては、債権調査期日後に異議事由が発見され、期日に主張していない異議事由に基づいて破産債権の不存在を主張することを認めなければ、社会的妥当性を欠く事態となることがあろうことは容易に推測をすることができるが、本件では、弁論の全趣旨によれば、原、被告及び破産者は、互いに、破産の一年以前からお互いに親しい関係にあったことが窺われるから、原告が被告と破産者間の具体的な債権債務関係を確認できなかったとしても、債権調査期日までに互いの関係について十分調査しようとすればできたものと推認することができる。してみると、破産期日において異議を述べなかった以上、その後になって異議を認めなければならないような特別事情があることを認めることはできないので、原告のこの点の主張は理由がない。

2  破産債権確定期日後の事由に基づく破産債権確定の訴えの適否

確定した破産債権についての債権表の記載が確定判決と同一の効力を有することとされているから、確定後の弁済を理由とする異議は、請求異議の訴えの方法によるべきであるところ、本件訴訟は、破産債権の不存在の確認を求めるものにすぎないから、事案の内容について判断するまでもなく、不適法である。

四結論

よって、原告の本訴請求は不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官田中康久)

別紙<省略>

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